ANA国内線【PR】

ラオス(というかビエンチャン)後編


あんまり長くなると敬遠されるかとも思ってたんですが、もう面倒臭いので一気にアップしようかなと。そもそもチマチマやってんのはオレの性分では無いのだよ。あ、スキン変更しました。


…昼寝から覚めて、ドアを開き恐る恐る外界を見やるも例のガキの姿は見えず、晩飯どきまで若干時間があったのでビエンチャン散策。タラートサオがなんだか新しくなり、TALAT SAO MALLとかいうショッピングモールが出来てて軽い衝撃。なんだかタイの地方都市みたい。しかしテナントがガラガラなのと、察するにおそらくラオス国内では唯一の近代的ショッピングモール(憶測)なのでは無いかと思われる辺り、ラオスがラオスたる所為ではありますわな。


・TALAT SAO MALLの告知ポスター。物珍しさもあって中に入ってみると…


・なかなか立派な内観。しかし。



・ご覧のとおり人気は無く、テナントもガラガラ。ラオス人が何人か冷房で涼んでたぐらい。
一部に関しては現在も工事中。まあ今後に期待ですな。



で日も暮れ始め、メコン川沿いのレストランへ。そもそもラオスではタイみたいな外食習慣はあまり一般的では無く、基本自炊で済ます為この界隈も以前は外国人向けで地元ラオス人の姿はあまり見かけなかったのだが、今回見る限りではラオス人客の割合は50パーセント近くというところ。以前良く通っていた地元ラオス人向けの惣菜・食堂エリアはサッパリ見る影も無くなってるし、タラートサオ・モールの件も含め、ラオスと言えどやっぱ近代化してきてるんだなあ。などとほんのり感傷的になりながらレストラン物色。その中の一店、呼び込みのオッサンが”ラオス語・タイ語・中国語・日本語・英語”と一人で五ヶ国語を駆使しているのを目にし、そこに決定。タムマクフーン(タイで言うソムタム。辛いパパイヤサラダ)とカオニャオ(もち米)、瓶ビール一本付きで15000キープ(≒60バーツ。約200円)と良心的な値段だったのでそこに決定。初めはオッサンの"日本人も居るよ!"という日本語での呼びかけで、ベトナムから来たという男女三人組の日本人旅行者と話をするも、何だか彼らの、排他的というか異様に冷めきった受け答えになんだか居た堪れなくなり席移動。まあ、普段はオレも海外でわざわざ日本人相手に全くと言っていいほど交流しないので、ぶっちゃけどうでもいいやとか思いつつ一人でコレを喰う事に。で、オレが物売りのおばちゃんから炙ったスルメをラオス語まじりのタイ語でオーダーしているのを、隣の席に座っていた自称オランダ国籍の女性旅行者二人に見咎められ、若干1時間ほど話し込んだ為にビールをもう一本追加。途中、釣りキチ三平みたいな帽子をかぶった、国籍のよく分からん黒人男性が彼女らをナンパしているのを横目で微笑ましく見たりしながら(結果は失敗)楽しい歓談を過ごし、追加のビール一本分を勘定し忘れたのか言い値の60バーツを支払い帰宿。


なんだか寝付けなかったので夜、表の空気を吸いに通りに出てみると街娼とオカマが総勢10人ほどたむろっていて、例によって例の如くオカマというかゲイ受けするオレはもはや当然の如く囲まれる。別に何らかの被害に遭わなければいいやというスタンスの自分、何度もキスをされたりボディタッチをされるなかポケットと財布の入ったバッグだけに意識を集中しつつタバコなんぞを吸っていたワケなんだけど、そこでタイミング良く現れた、昼にココまで案内した自称ドイツ国籍の男性旅行者二人(実際はアメリカ人)。他にもイギリス女性やらドイツ男性やらが加わり総勢5名のグループとなっていたんだけど、そいつらがオレの座っていた屋外テーブルに一緒に座りビールを飲みだす。で、そのうちイギリス女がカラんできて、しかし何言ってるんだか全然分からない。は?と聞き返すんだけど"何、英語わかんないの?"みたいな事を訊かれ、やはりヘンなイントネーションで続行。隣に居たドイツ人に"何言ってんの彼女?"と訊くのだが、そっちの説明は全然大丈夫。てか分かりやすい。曰く、"東京にはカプセルホテルというものがあるらしいが、キミは行った事があるの?東京から来たんでしょ?"みたいな他愛も無い内容。でオレがそんな感じで他の旅行者と、とりあえずの英語で話してると"いったい何なのアナタ!?ペラペラペラ…って早く英語を話せるのに、なんでアタシの話す内容だけが理解できないのよ!?"みたいに喚くイギリス女。何なのアナタ!?とは随分なご挨拶だ。てか、オマエが一体なんなんだ?と。ウザったいなこのクソ女(英国)。

いま思えば多分、場所がラオスだけにガンジャかオピウムでキマってて、もともとイギリス発音にコンプレックス的なモノを持ってるのをメンドくさい按配にループというかハマってたのかと思うのだけど、とにかくウザい事この上ない。オレの脇にべったり座っていたラオス人のオカマ(別に追い払う必要も無いというか、ヘンにプライドを傷つけたりした方が逆に厄介)を指し、"彼はとてもナイスだと思うわ"とか抜かしてるので、"冗談じゃない、オレはゲイなんかじゃないよ"と説明をするのだがクソ女(英国)は全然聞き入れず"何を言ってるの!?好きでもないのになんでそんなにくっ付いて居られるの!?(溜息混じりで)…アナタは最悪ね。人間のクズよ。恥を知りなさい"とか、"いいわ。それは許すとして…なんでアナタはこのチャンスを逃したりするの?アナタは本当にそれで後悔しないの?"と、まるで意味の無い詰問をしてきたり。で少し経ってから"いいから、わたしの目を見なさい"と言ったかと思うと、開きかけた瞳孔でオレの目をジッと見つめ"うん、アナタはゲイじゃないわ。わたしが保証する。大丈夫"とかワケの分かんない具合に一人ゴチてやがったり。

で、なんかもうメンドクサイので部屋に戻るタイミングを見計らっていると、すぐ近くの交差点でアタマが禿げ上がってボロボロの服を着たキチガイみたいな女が突然街娼の一人にケンカを仕掛け、結果的には逆にボコボコに引っ叩かれて泣き叫びながら逃走。で、通りが静かになったかと思ったのも束の間、遠くの寺の門からやはり叫び声を上げて飛び出してきたり別の通りに飛び込んだりしてて、西洋人グループが"OH、CRAZY"とか途方に暮れてる中、隣のラオス人オカマに"なにアレ?"とタイ語で訊くと、"彼女はアタマがおかしいの。で、あの街娼が彼女の外見をからかったのよ(女言葉)"と実に分かりやすいご説明。"最後の最後でイイものを見た"と心から満足し、部屋に戻り2時ごろ就寝。


翌日。タイのVISAを申請するため宿で自転車を借り(一日40バーツ)、一路タイ大使館領事部へ。前もってあまり場所を確認してなかったので途中トゥクトゥクの運ちゃんに道を尋ねたりしながら、結果的に30分ほどで領事部に到着。すぐ外に申請用紙の代筆屋が居て、普通に自分で書こうか迷ったのだけどヘンにトチったりして本日の受付を逃すとその分滞在日数が延びる=出費がかさむ、加味してソンクラーン(タイの正月)に合わせて帰国できない。のでココはひとつ代筆屋の親父に頼む事に。代金を訊くと100バーツ。おい。高ぇよ。

仔細に観察してたのだが、滞在日数とか滞在地は適当に埋めて、サラサラと2分程度で記入完了。こんなんで100バーツ?(宿泊している宿は一晩200バーツ)。随分と殿様商売だがまあ仕方ねぇ、払うか。と思いポケットを探るとバーツ紙幣が足りない。"足りない分をキープで払ってもいい?"と訊いたところOK、で、結果的に総額90バーツで済ます。やれやれだよ本当にと思いつつカウンターの列に並び、一時間近く待って自分の番。パスポートを渡して終わりかと思ったのだが係官の"パスポートのコピーは?"との質問。ええと…持ち合わせていませんな。

"VISA申請に必要なのだ"とコピーを取りに行くよう言われ、またも門の外に。で、さっき金を払った親父にコピーを頼むと"50バーツ"だと。テメエ…人の足元みやがって…しかし状況が状況なだけに仕方ない。40バーツまで値切ってコピーを取りに行かせる。…オイ。チンタラ歩いてんじゃねぇよ!言い値でコピー一枚50バーツなんだから、付加価値として走れ。せめて。

再度列へ戻り、同じくコピー取り忘れか何かでカウンター前に横入りしてるミャンマー国籍の三人組に倣ってオレも横入りし、程なくしてパスポートの提出完了。そういえばオレとミャンマー人が並んでいる時にカウンターの受付順番だったのが30歳前後と見受けられる英国人男性で、見てるとまるでネイティブばりの滑らかさで係官とタイ語で話してる。スゲェな、と驚嘆。

後は領事部に行き、やはり結構な人数が待っている中、順番で名前を呼ばれるので申請代金として確か1000バーツだかを支払って完了。これで翌日午後の時間に取りに来ればレシートと引き換えにタイVISAの入ったパスポートが手元に戻ってくるというワケですな。…ふぅ。


主観では、ラオス人というのは全体的に実に素朴な人柄で好感も持てるのだが、国としてまだ観光産業がタイほど熟成されておらず、タイ側ノーンカーイでもそうだったが外国人を相手にしてるラオス人のうちでセコイ奴はとことんセコイのが鬱陶しいところ。もう二度とあんなクソ馬鹿馬鹿しい代筆屋なんぞ使わない事を心に決めつつ、帰りがけにタラートサオ(モールではなく市場の方)に行き、雑貨屋で土産物としてラオス産のタバコ1カートンとジャスミン茶葉、本屋でラオス文字の教科書を購入し、ハラが減ったので市場内の食堂でフーナーム(タイのクイティヤオみたいな汁ビーフン)とカフェラーオを食す。15000キープ≒60バーツ。


・こんな感じ。右の皿には、付け合せの野菜が山盛り。付け合せきれない分量。



で宿に戻り一休み。せっかくチャリを借りているので、とりあえず土産物を置いてビエンチャン市内をサイクリング。3年前の時点でタート・ルアンとかの寺院諸々はあらかた既にまわっているので、今回は中心部からちょっとはずれにあるチャイニーズマーケットに行く事に。陸路で中国雲南省と繋がっているのもあり、中華プロダクトは豊富に揃ってます。中国語のカラオケVCDとか紙製トランプとか。しかしイマイチそれらに食指が動かなかったので、代替案ではないが菓子と乾物を売っている店に行く。実は何を隠そう干し梅に目が無い自分。"あれ、ひょっとして…?"と、うっかり妊娠と勘違いするぐらいすっぱいモノを常時欲しているオレなのだけど、それっぽい商品を物色していて目に飛び込んできたのはヘンな日本語表記の一品。衝動的に手に取り5秒後にはレジに並んでいました。塩分が少々強すぎな面もあるが、酸味アディクトとしてはまあまあの出来。とりあえず満足。


・チャイニーズマーケット。ビエンチャン中心部から空港方面にしばらく進み、右側のデコボコ舗装の道に入ってウロウロ進んでいるとすると見つけられます。チャリ必須。


・で、購入した問題の干し梅。分かり辛いんだが"こぎれいに すばらしい味わう"、"特別ある味、味は更に自然 すぐに味わってみに来る!"とあります。ェソフ太って何だ?



で、まだ時間も中途半端だったので更にサイクリング続行。ビエンチャン市民の生活圏を蹂躙というか疾駆し、トータル4時間ほどもペダルを漕いだ後にメコン川沿いの、今度は外国人向けでは無く地元民向けの庶民派レストランへ。ここには英語のメニューなんぞは当然無く、店のおばちゃんに何が出来るか訊いて結果タイスキに少し似ているタム・ワというラオス料理とタムマクフーン、主食はもちろんカオニャオをオーダー。例に漏れず辛いのでおばちゃんに水を貰いに行くと"あんたは何人だい?"という質問。日本人だよ、とか話してると"へえ。タイ語上手だね"と実に嬉しいリップサービス(決して上手ではない。カタコトに毛が生えた程度)。で、ラオスに限らずタイも含め、暑い国だと氷や水が有料だったりするのだが、おばちゃんやたら気前が良く"氷ならココにあるからいくらでも飲んでいいよ。しかし今日は暑いねぇ"と、はにかみながらも大盤振る舞い。そんなこんなでラオス人の人情にも触れてことさら満腹になり、手元にいくらかラオス紙幣があったのでキープ支払い。13000キープ≒50バーツ。心温まり財布にもやさしく、諸手を挙げて庶民派バンザイ三唱。帰りがけにネット屋に立ち寄りメールチェック、で早めに宿に戻り宿のスタッフにラオス文字の読みを教えてもらい、ノンビリめに睡眠。


・この日はとにかく暑かった(最高気温43度)ので、チャイニーズマーケット近くの雑貨屋で飲料水を購入し、店の前のテーブルで一息。そういえばバンコクでタイ知人に"ラオスはあまり水が良くないので気をつけるよう云々…"とか言われてた事を、今になって思い出した。



・ウロウロしてて偶然見かけた、三菱のディーラー@ビエンチャン。たぶん正規ディーラーだとは思うんだけど、"MITSU LAOS"とヘンな略し方。"BISHI"の立場は?


・メコン沿いの庶民派レストラン。向こう岸はタイ領のシーチェンマイ。


・でオーダーした、左がタム・ワで右がタムマクフーン。
タイ料理とは味付けが若干違うような気も。



翌朝、雨が降る中チェックアウト。再度チャリンコを借り、タイ領事部へパスポートを取りに行く。雨の中長時間並ぶのもなかなか気が滅入るので早めに行き、結果列のポールポジションから3番目ぐらいの場所をゲット。時間が経つにつれて列の後ろに人が並んでいくのを片頬でほくそ笑みながら眺めていると、オレのワリと近くに、昨日見かけたべらぼうにタイ語が上手い英国人男性が並んでいるのを発見。居ても立っても居られず、"やあどうも。そういえば昨日そこのカウンターでアナタ、めちゃくちゃ流暢なタイ語で係官と話してましたわな。一体どうやって勉強したの?"声をかけつつ訊ねると曰く、"以前、タイ東北部の小さな村に2年ほど住んでいたんだ。そこだと誰一人として英語なんか喋んないから、至極必然的に覚えるほかなかったんだよね"、とサラリ。目からウロコが落ちる思いで、というか実際にウロコに類似したモノを瞼の淵から一秒間に数個単位で振り落としながら”なるほど”と得心。そりゃ上手にもなるわ。

で30分ほどしてVISAシールの貼られたパスポートを受け取り、帰りがけに再度タラート・サオ。昨日買い損ねたラオスのコーヒー豆とベトナム製のメンソールタバコを追加購入。土産物も買ったしVISA取得も完了、借りているチャリを宿に戻そうとペダルを漕ぎ出した辺りでヒョッコリ出会ったのが先日ちょこっとアップした件のナイジェリア人。英語とカタコトのタイ語(2年ほどバンコクに住んでいるらしく、オレよりタイ語を話すのが上手い。でも読み書きは不可)で話をして電話番号とメアドを聞く。…この時は終始ニコニコしてて好印象だったんだけどなあ。

そういえばこの日、まだメシを喰ってないのを思い出し、宿に戻る前にメコン沿いのレストランで腹ごしらえ。うち一店で呼び込みの親父に英語のメニューを渡されたので見ると、昨日行ったレストランの2倍以上の料金。高いからいらんよ、と他のレストランを物色しようとすると親父"じゃあ幾らならいいんだ?"ときたので、結果的には昨日のレストランと同じぐらいの料金にまでディスカウント。…メシを喰う所で交渉した事って、そういえばあまり経験無かったなぁ。
で、喰ってるときにまたも雨が降ってきて、近くの木陰にトゥクトゥクの運ちゃんが雨宿り。二言三言会話を交わす。震えながら"寒いよ"って。そういえば、ラオスのソンクラーンの方がタイよりもずっと華やかだよ、とかも言ってたな。


・いちおう写真だけでも撮っておくか…タイ領事部の通りをまっすぐ進むと、ラオスのシンボルことタート・ルアン。小さく写っている金色の仏塔がソレ。


・チャリでメコン沿いのレストランを物色してるときに見かけた、ラオスのストリートアート(?)。


・この日いったメコン沿いのレストラン。地元民はスプーンやフォークなど使わずこんな感じで手で食べる事が多い。




で、宿に戻ってバックパックを背負い、タラート・サオ隣の国境行きトゥクトゥク乗り場へ。徒歩で大体20分ぐらい。ちょうど定員になるトゥクトゥクに乗り込みタイへ向かって出発。

来た時と同じく国境までは大体30分程度かかるので、先日タラート・サオで買ったラオス文字のテキストをヒマ潰しに読んでたりしたのだが、するとトゥクトゥク同乗のラオス人からウケるウケる。んで、何人か乗客が乗ったり降りたりするなか、これからタイに行くというおばさま方にラオス語の読みを教えてもらってるうちに国境到着。ラオス側のイミグレを通過し、友好橋を渡るバスの車内でおばさま曰く、"タイのノーンカーイに自宅があるから、時間があるんだったら遊びに来なさいよ"とのお誘い。といってもラオス語だったので薄ボンヤリしか理解できてなかったんだけど、こんな機会をみすみす逃すオレじゃありません。ぶっちゃけタイに帰国後、友人宅への訪問予定も控えてたんだけど二つ返事でOK。おじゃまさせていただきます。


・トゥクトゥク車内から。こうして見るとタイの一地方みたい。本当にキレイになったものだ。


・トゥクトゥク車内にてラオス人一家。中学生ぐらいの長女は、カメラを向けると必ず顔を背ける。…オレ、何か嫌われるような事でもしたのかな。会ってからまだ10分も経っていないが。




で、タイ側のイミグレも抜けて歩き出す彼女ら一家の後を、バックパック背負ってついて行くオレ。イミグレ自体ノーンカーイの町外れにあるのにも拘らず、バスどころかトゥクトゥクにも乗ろうとしないというか、目もくれない。国境前の大きい道路では無く、左側の舗装もされていない茂みに向かって歩いていく。ドコ行くの?

色んな疑問符が浮かぶなか、しかし表情には出さないよう腐心しつつも歩くこと約3分。"ココよ"と案内された場所は寂れた住宅地といった按配の場所。普通に国境ゲートが見える距離(せいぜい数百メートルといったところ)。鍵を開け、中に招き入れられると内部はリフォーム済みなのか、3階建てでやたらとピカピカ。なのだけど見たところ炊飯器と扇風機しか家具らしい家具は無く(イスやテーブル、ベッドなども全く無い)、壁際にはビール瓶だけが並んでいてまるで生活感が感じられない。移民?と直感みたいなものはしたが、さすがに面と向かっては訊けないというか訊くだけのタイ語・もしくはラオス語のスキルも無いオレ。見たところ親戚一族でお金を出し合ってタイ側ノーンカーイに一軒家を構えたであろう事は察するに難しくなく、色んな情景が脳裏を廻るなか"どうぞ座って、ゆっくりくつろぎなさい"とおばさまが言うがその時は既にタイ語での発音。…ああ、国境なんだなぁ、と。

お言葉に甘えてノンビリしつつ、そこん家の子供と追っかけっこなんぞしながらくつろいでいると"ちょっと待っててね、今ゴハン作るから。食べていくでしょ?"とのお言葉。ここまで来ておいていまさら断るのもワケが分かんないので、遠慮なくいただく事に。米を研いで炊飯器をセットし、なんだか野菜を洗って切っているところへ"なにか手伝うことは無い?"と訊いたのだけど、"大丈夫、いいから座って待ってなさい"みたいな感じで返されたので、とりあえずここは暫定的に子供達との追いかけっこを続行。アハハ待てー、捕まえちゃうぞアハハハ、と。

…出来上がった食卓はお世辞にも贅沢な品とは言えなかったが、もてなしやら気遣いやらで言葉に出来ない部分も多分にあり、たらふく頂きましたよ。それから世間話というか身の上話などを小一時間ほど。で、"もう今日は遅いから、泊まっていけば?"という声も頂いたが、しかしこれから本日中に友人宅へ出発しなければならない旨を伝え、写真を数枚撮らせていただき、途中まで見送っていただいてその場を後に。またノーンカーイに来る際には現像した写真と、子供達へお菓子でも持って再度訪れようと思う今日こ;の頃。なかなか貴重な体験でした。


・招かれた家の内部。散らかっているものの、やたらピカピカ。理由はよく分からなかったが、現在あまり使われてないんだと。




・表に出たところ。向こうに見えるのがタイ国境ゲート。


・記念写真。「娘は"キー アイ"なのよ」とお母さんに言われたのだが、キー アイ。はて?
手元にあったタイ日辞書で調べると"恥ずかしい"との記載。なるほど。安心二重マル。




で、トゥクトゥクでノーンカーイのバスターミナルに到着後、友人宅に向け、中継地点であるタイ東北地方の大都市ウドーン・ターニーに向かって"たぶん友人宅まで大して遠くは無いんだろうな"と思いながらバスに乗り込むオレ。そう。近いと思っていました。この時点までは。


…ラオス編は終了。この後、日記には友人宅編もあるのだが、アップするかは未定っスわ。
約20日分だから仕方ないっちゃ仕方ないけど、長文疲れた。

by shallwegoout | 2007-05-07 21:30 | 小旅行 | Trackback | Comments(4)

 

トラックバックURL : http://coling.exblog.jp/tb/5623049
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by rk at 2007-05-07 22:46 x
長!聖書の巻物かなにかのようだw

イギリス女のくだりが笑えました。

いずれにしても全体を通じて、あらためて日本とは別世界だな・・・と(当たり前だけど
Commented by icchan525 at 2007-05-09 15:28
まんどくせぇイギリス女に容赦ない所がウケるねw なんか壮快w
中学生長女の気持ち、なんか分かるなぁ〜。複雑な年頃よね。
ところで、何故ライスがビニール袋に入っているの?
Commented by shallwegoout at 2007-05-12 01:35
>rk
まあ、別世界なのかも。というのも流石に最近、デフォというか比較対象がタイになっているので、ラオスとの違いもそんなに分かんないんですよ。なまじっかタイ語が通じたりとかするので余計に。

普段はもちろん、マレーシアとかの時も自分自身を旅行者として見ていないんだけど、ラオスの時は何故だか久しぶりに旅行者気分になってて"ああ、こんなんあったなぁ"と妙な感慨も。結果、欧米旅行者相手に少しばかりの交流があったんでしょうな。
Commented by shallwegoout at 2007-05-12 01:54
>icchan525

イギリス女。思い返しただけで絶叫するほどウザかった。一体なんなんだか。本当、ガムテープとロープがあったら簀巻きにしてメコン川に放り込んで…しまうと法に問われ可能性が高いので自重する方針です。表面上は。

中学生長女。恥じらいっぷりがなかなか可愛らしかったです。バスに乗り込んでから自分の中学生時分と重ね合わせてみたり。現在進行形では言わずもがな既に結婚している同級生が大多数なんですけどね。ハハハ。

ライスが袋に入ってるのは、料理を注文した屋台にはモチ米が品切れで、仕方無しに他所の屋台で買ってきたから。と、大して盛り上がるでもない理由によります。
名前 :
URL :
削除用パスワード 

<< ドリアン(ทุเรียน)通信 その後 >>